2010年1月26日
初期フランドル派
初期フランドル派とは北方ネサンス期(北ヨーロッパのルネサンス運動を意味すると同時にイタリア以外でのヨーロッパのルネサンス運動の意味もある)に、15世紀から16世紀初頭にかけてフランドル地方、特にブルッヘ、ヘントといった都市で活動した芸術家たちとその作品をさす。一般に、17世紀初めに画家・美術史家カレル・ヴァン・マンデル (en:Karel van Mander)に「アペレスの再来」と賞賛されたヤン・ファン・エイク(1395年頃 - 1441年)から、ヘラルト・ダヴィト(1460年頃 - 1523年)までをいうことが多い。
初期フランドル派は時期的にはイタリアの初期・盛期ルネサンスとほぼ合致する。しかし中央イタリアの古典古代の復興(ルネサンス人文主義)を背景とするイタリアルネサンス絵画とはまた別の表現であるとみなされている。初期フランドル派は北ヨーロッパ中世美術の集大成とルネサンス理念からの影響の両方を融合させたもので、美術様式としてはルネサンス、ゴシック両方にカテゴライズされている。
この時期の絵画、たとえばヤン・ファン・エイクの作品に見られる細部の精緻な表現方法や、複雑な寓意を絵画に表現する手法などは、後世の絵画表現の発達に非常に大きな影響を与えた。初期フランドル派の作品に描かれるのは、ほとんどが何らかの宗教的な意味合いを持ったものか、小さな肖像画であり、イタリアでよく描かれたギリシア・ローマ神話をモチーフとした物語風の絵画はほとんど見られなかった
初期フランドル派はさまざまな呼ばれ方をすることがある。「後期ゴシック派」、「初期ネーデルラント派」、「北方絵画」や、もともとは音楽史の用語である、「アルス・ノーヴァ」を使う美術史家もいる。後期ゴシック派は中世絵画との関連性を重視する立場で、初期フランドル派は19世紀まで続くフランドルの伝統的芸術の一期間を示すとする立場である。現在ではオランダ語、スペイン語、フランス語などでは「フランドル派」が使われている。
初期フランドル派の「初期」という言葉は粗野で洗練されていないということを意味しているのではなく、初期フランドル派の画家たちが新しい絵画の歴史、例えばテンペラから油彩への転換などにおける原点ともいえる存在であることを意味する。ドイツ人美術史家マックス・ヤーコプ・フリートレンダー (de:Max Jakob Friedlander)、エルウィン・パノフスキー (en:Erwin Panofsky)、オーストリア人美術史家オットー・ペヒトらドイツ語圏の美術学者たちの先進的な研究成果があるが、英語圏の美術学者たちは初期フランドル派ではなく「初期ネーデルラント派 (Early Netherlandish painting)」という用語を使用することが多い。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
「ヘントの祭壇画」も初期フランドル派だそうです。
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